House Of The Rising Sun

初対面の人と話す機会があると、意図的に音楽制作の話は避けるようにしています。『好きな事やれるのは良いよね』程度の会話にしかならないからです。

実情とズレてて話が噛み合わないし、こちらも分かって貰う為の努力はしません。互いに面倒なだけの話になるので。

自分のやってる事は趣味ではなく人生を代償にした創作です。あくまで音楽で生活出来るようになる事が目的の行為です。

好きな事を始めた最初期の自己満足の楽しさの先には、独自性の追求や、産みの苦しみの課題や壁が連なっています。

長い年月を掛けてそこを歩き続け、壁を越える度に、楽しいとは別種の充足感や達成感が得られるようになります。

でもそれも正当な人の評価を得てこそ実感するもの。誰の評価もない場所でそれを続けていく事は、先の見えない苦行のようなものです。

自分の音楽は全てを一人で作ります。シンガー、プレイヤー、ソングライター、アレンジャー、エンジニア、プロデューサー。それぞれの資質と経験が必要で出来る人は限られます。

それを仕事をしながら続けるのは、人の倍を生きるような行為で簡単ではありません。曲をゼロから丸々一曲、妥協なく作り上げる為にどれだけの時間を費し、どれだけのものを犠牲にしているかは当事者にしか分かり得ない事でしょう。

それを可能にしているのは、ただ好きだからなどという単純な感情ではなく、もっと複雑で清濁入り混じった情念や怨念にも似た音楽への執着です。

ロックは既に死んだ音楽。海外の大物バンドが来日する度に思います。広いだけの音の悪い箱に高額すぎるチケット。過去のカタログの使い回しの高額なボックスセット。

音楽を再び個人の手に取り返して本物を作る。余計な要素を排斥して音楽の価値だけと向き合う。それは前例のない試みです。メディアに依存せず、ライブもやらず、曲だけで知名度を得るなど不可能に近い話。

どうすれば自分の音楽が認知され、知名度を得られるか。その可能性の一つにカバーがあります。カバーならその曲を聴きたい人が能動的に検索してくれます。

またカバーにはミュージシャンのセンスが問われます。原曲にどう自分のオリジナリティを加え、元の音楽を超えられるか。それがコピーとカバーの違いです。

普通に曲をカバーすれば著作権の代行会社に使用料を払わねばなりませんが、作者が不明の伝統的な古い曲には作詞作曲の著作権はありません。そこで権利が消滅した古い曲のカバーを独自のアレンジでやる事を去年から考えていました。

長い前置きになりましたが今回の曲はカバーです。

その第一弾として選んだ曲は”House Of The Rising Sun”。日本では『朝日のあたる家』として知られている曲です。

作者不詳のアメリカのトラッド・フォークで、20世紀初頭には鉱夫の間で既に原型が知られていたようです。最も古い録音は1930年。

その後レッドベリー、ジョーン・バエズ、ニーナ・シモン、デイヴ・ヴァン・ロンク、ボブ・ディランなどもカバーしています。

Bob Dylan – House of the Risin’ Sun

 

The Animals – House of The Rising Sun

最も有名なカバーは1964年にアニマルズが出したこのロック・バージョン。アルペジオのギターリフとオルガンが絶妙のアレンジです。

この曲は娼婦に身を落とした若い女性の歌です。ニューオーリンズにあった娼館の呼び名がタイトルの”House Of The Rising Sun”【朝日のあたる家】。

曲には娯楽的な要素以外に表現としての側面があります。一人称の” I “を自分ではない誰かの視点で書いたものや、比喩や暗喩を用いて問題を提起したりします。

役者のように男が女の視点で歌ったり、逆に女が男の視点で歌ったり、和歌のように心象を何かに見立てたり。ブルースでは伝統的に黒人の隠語を用いて裏の意味を含ませる事も多く、その手法はロックにも受け継がれています。

詞というのは伝統的に受け手側に読み解く力や知識を要求します。日本の音楽ではフォーク世代が廃れると、自分の視点で書かれた主張や空想、恋愛の曲ばかりになりました。これは作り手側の教養も、聴き手側の教養も昔より低下してしまったのでしょう。

この曲は分かりやすい詞ですが、多くのミュージシャンがカバーしたのは、身を落とした女が生きる強さと哀しさが人に何かを訴えるからでしょう。

レッドベリーやアニマルズはこの曲の一人称を女性でなく男性になるよう歌詞を変え、ディランは女性の視点のまま歌っています。

私はこの曲の一人称を二人称に書き換えました。その方が歌いやすいと感じたからです。このシンプルなトラッド・フォークにリフを付け、コードを変え、アニマルズとはまた違ったロック・バージョンにアレンジしました。

※Aufheben (2024 Remaster) に差し替え

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