自裁記録2

7月8日(月) ~ 7月17日(水)

体はすっかり回復した。

食べてる内に胃も少しづつ大きくなって体重も5kg戻った。いつの間にやら季節は梅雨に入っていて蒸し暑い日々が続いている。もうじき夏本番。

今後のプランは絶食でオートファジーを活性化させてから短期間内に熱中症を発症させる事。絶食3日目までは正しいファスティングを行い、4日目からは水分の摂取を極力控えて、部屋を閉め切ってエアコンをかけない生活に切り替えます。筋トレも行ってとにかく汗をかく。

気温が上がる週末から始めるつもりです。夏限定。

7月18日(木) ~ 7月20日(土)

今日から絶食を開始。

水分は一日2リットル摂取。100ccの水で溶かす酵素入りの粉末青汁も一日2~3杯飲み、ビタミン、ミネラル、必須アミノ酸のサプリや塩分も摂取。

最初の3日間は完璧なファスティングを行い、オートファジーでエネルギー生成を促します。水分や酵素をしっかり摂った絶食は非常に楽で、何の苦もなく3日間の絶食を終えました。

エアコンも効いてるので快適です。問題はここから。予報では明日から4日連続の猛暑。梅雨明けもしたので一気に気温が上がります。

この4日間が勝負。目指せ熱中症!夏限定。

7月21日(日)~ 7月23日(火)

この3日間の最高気温は36~38℃。室温は37℃前後。

上半身裸でロッキーのように筋トレをして汗をかき、風呂に入ってまた汗をかく。汗をかいても水分は摂取しない。

3日目になると筋肉痛が酷くてろくに鍛えられなくなるが、汗をかく事が目的なので少しでも筋肉を動かして熱を作る。だが3日間とも熱中症は発症せず、頭がボーッとする事さえなかった。

夜の室温は35~37℃の超熱帯夜。睡眠導入剤を使用して眠るが、就寝後1時間で暑くて目が覚め、それ以降は眠れなくなった。仕方なく就寝時はエアコンを入れる。

7月24日(水)~ 7月27日(土)

今日は雨。予報では猛暑だったが気温は下がる模様。

ここで一度オートファジーによるエネルギー生成を止めて、出来るだけ栄養価の低い食べ物の補給に切り替える。室内で熱中症を起こすには免疫力も下げる必要があるのかも知れない。

今後はサプリや酵素の摂取を控え水分は利尿作用の高いコーヒーに変える予定。心臓への負荷も欲しいので約一ヶ月振りに喫煙も再開した。手軽な紙巻きタバコをチョイスする。思った以上に不味い。そして臭い。

ニコチンが混ざった血流で腕が異様にだるくなり指先まで痺れる。立っていられなくなるほど頭がクラクラしたが、2~3本で慣れてまた旨く感じるようになる。旨さとは慣れです。

取り敢えずは26日まで素麺を食べて過ごして27日からまた絶食。28日から1週間猛暑が続くのでそこでリトライをする。ここで決めなければちょっとまずい。

パリ五輪もついに始まってしまった。オリンピック前には死にたかった。まさかここまで長引くとは思わなかった。

7月28日(日)

今日の最高気温は37℃。

急遽読みたい本が出来たのでこの日は一日読書。前日の夜に注文して今朝受け取る。例え明日死ぬとしても知りたい知識を得たい欲求は失くならない。

読んで改めて感じたのはメディアの受け売りでなく、自分で物事を考える知識と思考がなければ世の中はどんどん悪い方に流れて行くという事です。

新自由主義の本質は言ってみれば経済の共産化。ただし富の分配のない共産化です。

純粋なマルクス思想の左翼知識人や文化人の根底には、富の分配による平等化への共鳴があるのでしょう。しかし国家樹立以降の人類史でそれが為された事はないし、今後も為されないでしょう。

現実世界の共産化とは富の一極集中化と支配者層による更なる超格差社会。既に市場のグローバル化以降それは起こっています。

日本の政府、官僚、経団連、メディア、広告代理店の諸々は日本を切り売りする欧米隷従の犬なので、向こうの主流を是として偏向報道や洗脳報道を仕掛けます。

現岸田政権を始め戦後の日本の首相で日本史における国賊の何と多い事か。国家事業の民営化然り、年次改革要望書然り、ポリコレや多様化然り、移民難民政策然り、政治デモの報道規制然り。

それが行き着く所は国力の弱体化と多民族化。グローバリズムの行き着く先は民族主義の終焉と、第一言語へのアイデンティティの亡失でしょう。

中世の頃から虐げられてきた民族の一部が金融で力を得て世界に復讐を果たし、自身の差別の対象とされてきた国や民族の定義と、金融の不道徳や金への執着の卑しさを全否定するアンチテーゼが新たなスタンダードに挿げ替わる。

人は金の為に生き、金に支配され、メリトクラシーで差別され、その世界でモラルは不要になる。それに疑問を抱くほど人の心は虚ろになる。

私が今回読んだ馬渕睦夫氏の『世界を操る支配者の正体』ではそれら世界を金融で支配する勢力に抗っているのがロシアのプーチン大統領という話でした。

2014年の著作ですが、かつてアメリカが日本に真珠湾を奇襲させたように、ロシアがウクライナを攻撃するようアメリカ側が工作を仕掛け、プーチンを失脚させてロシア市場のグローバル化を目論んでいる事を指摘し、ロシアとウクライナ間で戦争が始まる事を既に危惧していました。

おそらくハマスのイスラエル攻撃にも似た背景があるのでしょう。

かつてヨーロッパがアジアの植民地を西に拡大し続け、日本がそれに対抗する為に西洋化して軍備を強化し、軍国主義に陥った日本が西洋とアジアが対等になる為に満州国を建国し、アメリカからの経済封鎖を受けて戦争に突入し、西洋諸国と同じ事をした日本が一方的に悪者のスケープゴートにされた歴史が、今ロシアで繰り返されようとしている。

それを画策しているのがアメリカ最大のタブーであるユダヤ系国際金融勢力。

ユダヤ金融資本の話は都市伝説だと思っている人も多いですが、それは世の陰謀論者たちがフリーメーソンやイルミナティなどの与太話まで一緒くたにする事で、その人物を含め胡散臭い話にされている現状があります。

UFOや宇宙人と同じです。低レベルな肯定派が捏造を真実のように語るから信用出来ないものになる。極端な民族主義者が差別主義に陥ってナショナリズム全体が否定される構図と同じです。

でも馬淵氏はそういった合理性に欠けた身勝手なご都合主義者たちとは知能も経歴も一線を画しており、内容の全肯定はしませんが非常に一読の価値が高い本でした。ロシアやプーチンに対する見方が変化します。

ディアスポラによるユダヤ人コミュニティは今も機能し続けており、各国の中央銀行の大株主であるアシュケナージ系ユダヤ人(セム系ではない)の国際金融資本家たちは、イスラエルを中心に統一された意志を持っている。

だから世界は一方向に向かって動き、メディアは同一見解の報道をしている。彼らこそがメディアの所有者であるから。

アメリカが唯一顔色を伺って慎重な対処を見せるイスラエルやモサド(イスラエル諜報特務庁)らユダヤ系組織とアメリカ政府との関係は、1994年にマイケル・コリンズ・パイパー氏が発表した『ケネディとユダヤの秘密戦争(JFK暗殺の最終審判)』を読めばよく分かると思います。

ケネディ暗殺に関する本は過去に何冊か読んでおり、オズワルドを単独犯に仕立てる隠蔽工作に多くの公的機関が加担していた事は明確ですが、この本の価値はケネディ暗殺のメインストーリーではなく、ユダヤ系組織がアメリカ社会において如何にタブーであるかが窺い知れる所だと思います。

1967年にJFK暗殺関与の疑いでニューオーリンズの地方検事ジム・ジャリソンに逮捕・起訴された実業家のクレイ・ショーは国際貿易協会(インターナショナル・トレード・マート)の創始者であり、ローマにあるパーミンデクスの理事でした。

このパーミンデクスとはモサドに資金提供をするダミー会社。しかしオリバー・ストーンの映画『JFK』ではモサドの件には一切触れず、パーミンデクス(CMC)がCIAの資金源であった事のみ言及しています。ジム・ギャリソンの原作でも同様にモサドの件は秘匿されています。

公人がユダヤ系組織の批判やネガティブな発言をすれば途端に『反ユダヤ』、『ホロコースト否定論者』、『反シオニスト』と過剰な反応が沸き起こり、レイシストのレッテルを貼られて進退を追われ、ほとぼりが冷めた頃に自殺や病死や事故死を迎える。ちなみにコリンズ・パイパー氏は2015年に54歳で病死しています。

トランプ前大統領はこれらアメリカの闇の政府をディープステートと表現し、ディープステートの解体を公言しましたが、今年7月の共和党全国大会直前の演説中に狙撃され耳を負傷しました。

そしてメディアはトランプ前大統領のディープステート発言を陰謀論だと否定的に報じました。当然です。メディアは非営利組織ではないので、金の流れと人の意志が必ず情報に還元されます。

現時点でオリンピックやワールドカップで日本の応援に全く興味がない人や、日本の文化や風習が失われていく事に何も感じない人、祖先との繋がりや愛国心など一円の得にもならないと思っている人は既に未来に順応済み。或いは洗脳済みの人といえるでしょう。

もしくは映画『ジョーカー』のように抑圧された弱者が暴動の連鎖を起こし、後先考えずに金持ちを襲う暴徒と化す未来が資本主義時代の終焉なのかも知れません。

愚かな大衆による民主政治が優れた人物による王権に劣るのは当たり前で、時代を壊すのは王政や封建制や民主制ではなく、上に立つ人間が好き勝手やりすぎた時。

そして現在の王とは首が挿げ替わる国家のトップではなく資本家のトップたちです。

私はそれら空っぽの金満物質社会に生きる価値が全く持てない人間だったので、それを自分で創って生きるしかありませんでした。

7月29日(月)

今日の最高気温は35℃。朝5時起床。

午前中は筋トレで汗を流し、昼はベランダで90分の日光浴。干した布団の陰で頭に直射日光を浴びながら優雅に読書。大量に汗をかく。直射日光を浴びた後の35℃の室内は涼しさすら感じる。だが少し頭がボーッとする。

睡眠導入剤を多めに飲んで夜まで寝て寝汗をかく。ここまで水分は起床時に飲んだ一杯のコーヒーのみ。それでも熱中症は発症せず。

報われない苦しみに心が挫けそうになる。

7月31日(水)~ 8月2日(金)

31日の最高気温は35℃。

昼過ぎの睡眠以外は29日とほぼ同じメニュー。でも熱中症には至らず。

1日の気温も同じ35℃だったので気温が高くなる翌日に持ち越して栄養価の低い食事を摂る。

2日の最高気温は39℃。今年一番の猛暑。だが体が暑さに慣れてきたのか全く辛く感じない。汗もあまり出ない。

今のやり方では何度やっても駄目な気がする。明日の気温は今日と同じ39℃のベストコンディション。少し趣向を変えたチャレンジに挑戦する予定です。

8月3日(土)

認めよう。今までのやり方はヌルすぎた。

今日は真夏の閉め切った車内でエアコンを入れずに二時間のドライブをしました。というより車のエアコンは去年の9月から故障しています。壊れたまま放置していたのはもう夏に通勤で使う事もないと思っていたからです。

ちなみにエアコンの故障はこれで二度目。スズキのエアコンは長期間持たず、そのまま送風で使うと激臭が発生するので長く乗る人にはお勧めしません。特にワゴンR。5年で壊れる代物なら何か設計に問題がある筈。

一応ディーラーに問い合わせましたが当然修理は有償(10~20万)という事でした。

さて、今日の最高気温は39℃。気温の上がる午後1時からドライブを開始。真夏にエアコンをかけず閉め切った車内で二時間ドライブした人は自分が世界初なのではないかと思っています。

車内の温度は体感で45℃を有に超えた50℃前後。座っているだけで全身の毛穴から汗が吹き出して、服もサンダルもずぶ濡れ。

あまりの熱気に呼吸が苦しくなってきたら窓を全開にして空気の入れ替え。39℃の外気温を駆け抜ける風のなんと涼しく心地良い事か。車内の温度が一気に下がって汗が引きます。

また窓を閉めて10分もすれば再び汗だく。これを延々と繰り返します。もう体はカラカラです。我ながらよく耐えた。

当初は三時間のドライブの予定でしたが汗の出が悪くなり、頭もクラクラして意識を失って事故りそうだったので、止むなく二時間で切り上げました。当然ドライブ中も家に帰った今でも水分や塩分は一切補給していません。

これで夜に熱中症を発症しなければ、きっと自分は熱中症に罹りにくい体質なのでしょう。その時は別の手段に切り替えねばなりません。

8月4日(日)

駄目だった……。

あれで熱中症を発症しないならもう何をやっても無駄だろう。何をやっても上手くいかない。何をやっても死ぬ事が出来ないポルックスのようだ。

何が夏限定だ。苦しい思いをするだけで何の報いもない我慢に嫌気が差す。ずっと無駄な事をしている。定められた寿命に反して死を得るにはこの程度の苦しみでは代償が足らないのか。

しばらく今後の方針を考え直します。

8月7日(水)

『映画大好きポンポさん』を見ました。ずっとキャラの絵柄で見るのを躊躇っていたアニメ映画。でももっと早く見れば良かった。表現の本質を突いていて面白かったです。

家族や友人を柱に回る本来在るべき人生の楽しさや幸福感。それらを捨て去る事を代償に表現者の意識は人とは異なる世界を見つめ、それが独自の表現に還元されていく。

その覚悟を負う限り才能は供給され続け、ありきたりの幸福を求めれば枯れていく。一度枯らした才能は二度と元には戻らない。持たざるほどに与えられ、持つほどに失う。

それは呪いであり、祝福のようなもの。だから選択しなければならない。自分が一番望むもの一つだけを。

100%共感しながら見てました。以前も書いたように私はずっとその体現者でした。でもこれは表現だけに限った話ではありません。

金があれば何でも買えるこの世界で、実は金持ちほど価値のあるものなんて何も持っていない。本当に価値のあるものは金で買う事が出来ないし、ただ所有しただけでは手に入らない。

それは一生それ以外を求めない覚悟と引き換えにやっと得られるもの。だから何でも金で得ようとする金持ちにはそれが理解できず実は何も持っていない。そういう逆説の哲学です。

人は自分の探しモノをする為に自由であらねばならず、それが見つかれば今度は不自由にならねばならない。それでも尚自由であり続けようとすれば底抜けの喪失感を重ねて手元には何も残らない。

分からない人には一生分からない話です。

私はそれを貫いてきましたが、4thアルバムの制作をしていた去年の早い段階で、これが最後のアルバムになる事を既に自覚していました。

曲はまだ湧いてくるし、歌にも演奏にも自信はある。機材もやっと充実した所。でももう意欲がない。変化がない。

ふと振り返った時『十分やり切ったな』と思えてしまった。ジミヘンもジャニスもニルヴァーナも生前に残したオリジナルアルバムは3枚。自分は4枚作った。

バンド時代(The Under Rover)の楽曲も併せると全47曲。十分やり切った。そう思えた事がもう表現者としての死を意味していました。

4thアルバムのジャケットのデザインは香典の中袋です。相尾マサキから相尾マサキへ。署名は死を祝福する銀文字。裏ジャケット(内袋表)には解像度や明度を変えても分からない同色で私の本名を入れています。

8月10日(土)

再び無関係の話題の漫画ネタです。

死ぬ事に心残りは全くありませんが、ベルセルクの結末に関しては少し気になっています。作者の三浦建太郎氏の急逝により、完結までの内容を知る盟友の森恒二氏監修で現在連載が再開していますが、不定期連載なのでいつ完結するか分かりません。きっとまだだいぶ先でしょう。

私はもう死んでしまうので、自分なりの合理的な展開を予測するなら、かつてグリフィスは『自分にとって友とは、たとえ自分と敵対する事になっても自分の信念を貫く。そんな対等の存在』という意味合いの事を語っていました。ガッツが自分の物語を始める機縁となった重要な言葉です。

終盤でガッツは必ず自分のベヘリットを使う事になる筈ですが、その時ガッツとグリフィスが心の底では今でも互いを対等な存在と認め合っていたら、ガッツはグリフィスを贄に選んで使徒になれる筈です。

贄の生命力が強いほど生まれる使徒の強い糧となり、神の化身が贄になる事で予測不能な特異点となる。贄になったグリフィスは使徒や戦魔兵を滅ぼし、転生したガッツや髑髏の騎士と共闘して4人のゴッドハンドを倒し、最後にガッツとグリフィスによる神と神との戦いが始まる。

この作品の最大のテーマは因果律に抗う者と受け入れた者との決着の先にあるものだと思いたいので、そういう展開になれば面白いなという自分なりの希望的予測でした。

8月13日(火) ~ 8月15日(木

初心に戻って今日から再び絶食&絶水生活。

だが今回は喉の渇き以上に空腹感が異様に辛い。これまでは死ねると思えばこそ我慢出来た絶食が、その程度では死ねないと分かった今ではやけに辛く感じる。また無駄な努力になるという不信感が増して何度も食欲に負けそうになる。心が脆くなっている。

しかし三日目になると立ち眩みが頻繁に起こる。風呂上がりには立っていられなくなり、タオル投入直前のインターバルのボクサーのようになる。

最も体が衰弱していた5月末と同じ状態。突如希望が湧いてきた。ある程度食べ物による栄養摂取を続けた状態から絶食絶水にする事が重要だったのだろうか。

この2ヶ月半に及ぶ絶食生活の中で長期的な食事をしたのは三度。最初の7日間の食事の時は栄養のあるものを食べ体重も元に戻り、その後の絶食では体が衰弱しないまま上半身の異様な痒みで断念した。

次の19日間の食事の後は熱中症が目標になっていたので、完璧なファスティングを行って体の衰弱は全くなく、絶食も非常に楽だった。

最後の9日間の食事の時はホームベーカリーで作ったトーストとハムエッグだけを食べ続け、絶食3日目現在の体重は-8.4kg。この絶食生活で初めて50kgを切りました。

ある程度食べ物による栄養補給をする期間と、栄養不足の維持が重要だったのかも知れない。この三日間異様に空腹感が辛かったのも脳が今まで以上に危機感を強め、食事をさせようと強く指令を出していたのだろうか。

だとしたらここが踏ん張り時。ここで負けたら人生は完結しない。

8月16日(金) ~ 8月17日(土)

明らかに心臓が弱りつつある。現在体重は-9.7kg、体脂肪は12%。

脂肪も筋肉も落ち切って、腕や足は枯れ木のようです。脈拍は正常値だが、胸に手を当てても心臓の鼓動が全く感じられない。鼓動が弱くなっている。

呼吸はずっと苦しく、定期的に深呼吸をしなければならない。風呂上がりは特に苦しくて立っていられない。洗髪している時も腕を上げていられない。死が近づいているのを感じる。来週中には死ねるかも知れない。

かつてない程の強い空腹感や食への欲求、喉の渇きにずっと苛まれているが、ここで屈したら望む死は得られない。あと少しの辛抱。

間違っても翌日の日記に『モスバーガー食べました』とか『炭酸水も飲みました』とか書き込むな。

Keep to my philosophy, to bless my death!

8月18日(日)

モスバーガー食べました。炭酸水も飲みました。昨日の夜遅くに……。

これは……サービスのようなものです。人の死を記録したヘヴィな内容に一時の笑いを提供するサービス。そして人間とはかくも弱いのだと知らしめるサービス。ちょっとした彩りです。

時間制限のない甘えが切羽詰まった思いに至らず、死を先延ばしにしようとしているのか。なんと情けない事だ。

ちなみにハンバーガーが無性に食べたくなったのは、先日『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』という映画を見た影響でしょう。

絶食中にああいう映画を見てはいけない。予想外の方向から罠に絡め取られてしまう。だが心配はいらない。ここからは全て私のターン。この長い記録は必ずハッピーエンドの完結を迎える筈です。

間違っても翌日の日記に『ラーメン食べました』と書かれる事はないでしょう。

Keep to my philosophy, to bless my death!!

8月19日(月) ~ 8月20日(火)

ラーメン食べました……という事はないです。安心して下さい。

体重も体脂肪も今はモスを食べる前より落ちています。しかし一度栄養を摂取したからか心臓は以前のように弱っていません。嫌な予感がする。

前回もこんな感じで体が一向に衰弱しないまま上半身の痒みが出始めた。あの一食のせいで千載一遇のチャンスを不意にしてしまったかも知れない。

能動的餓死の難しさを改めて思い知る。いつも心臓が弱る所までは行ってもその先に進めない。ここが難攻不落のエリコの壁。

8月21日(水) ~ 8月23日(金)

やはりこれは駄目な分岐をしてしまっている。体重や体脂肪、筋力は落ちても心臓が一向に弱らなくなった。

理屈はよく分からないけど絶食中に一度でも食事をしてしまうと、その後絶食を再開しても心臓が弱りにくくなる。前はその状態を続けて上半身の痒みが出た。

モスを食べる前に感じていたあの異様な空腹感が今はなく、絶水の方が辛い。多分良くない兆候。またリセットするしかない。

やり方を変える必要性を感じている。多分今のやり方では何度やっても成功しない。これでは死ぬ死ぬ詐欺だ。

生きながら即身仏と化した僧たちはどんな一念で入定したのだろう。俗世も煩悩も自己も捨てた無我の境地だろうか。自分には程遠い。動機も目的も違いすぎる。

しばらくは食事を摂りながら次の手を考えます。地縛霊にならず、出来れば死亡日も明確になる方法を。

8月23日(金) ~ 10月5日(土)

長い休息期間が終わりました。

この休息期間の間に大谷翔平選手の50/50を見届ける事も出来ました。

持って生まれた才能や普通の努力の仕方で成し遂げられるものではなかった筈です。それだけのものを捧げて積み重ねてきたのでしょう。

それが実を結ぶ瞬間を見れたのは素晴らしい瞬間でした。念願だったポストシーズンでの活躍とチームの勝利をお祈りしています。

私自身は一度気持ちをリセットして、改めて自分と向き合う事が出来ました。今一度生きる可能性も熟慮しましたが、やはりそれはどうあっても出来ない。

生きる目的を失えばこの世界は生きるには値しない。自分自身も生きるには値しない。これ以上の先延ばしも意味はない。

生きるという事は生かされるという事。太陽や海や大地に、木や水や火に。雨風や生き物や創作物に人は生かされ、命を体内に取り込む事で生かされる。それら人を生かすものを古来から神と呼んできた。

生きるという行為は罪深く、それを自覚するからこそ感謝が芽生える。だから人は大切に崇めてきた。命ある食べ物や、大地の恵み、天候、祖先、死者たちを。

だが生きる喜びがなければ人は何にも感謝をしなくなる。それは無為に生きるだけの惰性の生存。その状態に意味や価値はない。一方的に与えられるだけで、何かを与える双方向のエネルギーは生まれない。

感謝もなく、ただ奪うだけの生存ならそれは生きるに値しない。生きてるだけで偉いなどと馬鹿な事を言い出したら人としてお終いなのだ。

それはどんな状態になろうと生きてさえいれば良しとする、愚かで残酷で作為的な大衆倫理。ずっと自分が否定し続けてきた生そのもの。

だから自分が生きるに値しない人間に成り下がったら、自分で自分をちゃんと終わらせなければならない。自分の哲学を全うし、正しく人生を完結させる為に。

10月6日(日) ~ 10月9日(水)

今日から再び4日間の絶食絶水を開始。

絶食絶水で心臓が効率的に衰弱する条件は栄養価の低い食べ物の継続した摂取と、著しく低下した筋力(特に太腿とふくらはぎ)。その条件は満たしている。後は心臓が弱った5日目に最後の工程を加える。

『スズランの根を摂取する』

スズランの花や根には血圧低下や心臓麻痺を引き起こす猛毒があります。根を刻んで抽出したスズランティーを飲み、刻んだ根もオブラートに包んで飲み込む。それで高確率で心臓麻痺に至る事が出来る。

明日が私の命日です。

10月10日(木)16時

遺族への遺言と、警察提出用の文書をテーブルに並べ、鍵を玄関のドアポストから手を入れて取れるよう細工をし、ブログとXを予約投稿にして、最低温度に冷やした寝室にビニールシートを敷く。吐き気を催した時にすぐ吐けるものも準備する。

この4日間の絶食絶水で心臓はかなり弱っている。後はスズランティーと刻んだ根を胃に吸収させるだけで全て終わる。

もし失敗して丸一日以上眠り続けても予約投稿が取り消せるよう、公開日は10月12日の19時に設定。この記事が公開されたという事は私は念願を叶えたという事です。

10月11日(金)

駄目だった……また死ねなかった。

昨日16時10分にマグカップ2杯のスズランティーと、オブラート一杯に包んだ刻んだ根や新芽を6袋飲んだ。サイズがデカいので一袋飲むだけで気持ち悪かったが全部飲みきった。

ビニールシートを敷いたベッドに横になると10分ほどで心臓が急速に鼓動を速め、脳や背中まで脈打つのを感じた。これでやっと死ねると安堵し吐き気も我慢した。それでも30分ほどで心臓の異様な脈動が収まってしまった。

結論から言うとスズランの根に成人男性を死に至らしめるほどの猛毒性はなかった。風呂上がりに立ってられないほど弱った心臓さえ止められない。何をやっても死ぬ事が出来ない。もっと確実な方法を選択しなければ。

10月14日(月)

しばらくザラザラとした粉のような粒子が混じった赤茶色の血尿が出ていたが、それも今日やっと治まった。尿道に粉が残るのかここ数日は残尿感が異様に気持ち悪かった。

せっかくなのでメジャーのポストシーズンを最後まで見届ける事にする。次の自殺方法はもう決めました。取り敢えず水や食べ物を我慢する必要はもうないので、久し振りに食べたいものを食べようと思います。

11月1日(金)

自殺決行日を11月8日の金曜日に決定。用いる手段は一酸化炭素中毒、場所は自宅の防音室内です。

一酸化炭素による中毒死は酸欠死とは異なるので比較的苦しみは少ないとされています。血液中のヘモグロビンが一酸化炭素と結合して死体がピンク色に染まるので、最も美しい死体といわれています。

防音室内は内寸68cm×114cm、高さが167.5cm。防音効果を上げる為に天井と壁面に遮音材と吸音材を追加で貼り、床も分厚いゴム板と吸音ボードで底上げしてデフォルトよりかなり狭くなっています。

一酸化炭素中毒で有名なのは七輪を使った練炭自殺。練炭は一酸化炭素の排出量は多いですが火力が強く、狭い防音室内では吸音材のグラスウールやユニウールに引火して火災の危険があるので、火鉢と備長炭を用いる事にします。この狭さなら備長炭でも1~2時間ほどで気を失えるでしょう。災害用に準備した火鉢と炭が思わぬ所で役に立ちそうです。

防音室には換気扇の吸入口と輩出口が外部と内部の異なる場所に計4個所あり、ここをしっかり目張りする事で完全な密閉空間になります。死体に蛆が湧く事もないでしょう。

意識を失うまでは頭痛や吐き気が続くので睡眠誘導剤を併用します。夏なら汗だくになって眠れませんが、来週から気温が下がるので火鉢の温かさがほどよい眠気を与えてくれるでしょう。

血液中の一酸化炭素濃度が60%を超えると失神、失禁、痙攣を起こし、70%を超えると死に至ります。失禁や脱糞を防ぐ為に事前にトイレは済ませておきます。一度入ればもう扉は開けられない。

首吊り同様失敗すれば脳に深刻な障害が残ります。絶対に失敗は許されません。

11月8日(金)

頭痛薬と睡眠誘導剤を多めに飲み、遺族への遺言と警察提出用の文書をテーブルに並べ、鍵を玄関のドアポストから取れるように置き、ブログとXを予約投稿にする。公開日は11月10日の午前6時21分。

今夜の外気温は11℃の火鉢日和。火鉢の中央に炭を並べ、その上に火起こし器で火を着けた備長炭を置く。火鉢を防音室の端に置き、周囲をレンジガードで囲む。

夜22時に防音室に入室。次にここを出る時は遺体になった時です。願わくば穏やかな死顔でありますように。それでは私からの最後のメッセージです。

私の死は悼むものではなく祝福すべきものです。この記録を客観的に読み返してみてもここに記されているのは苦悩や絶望の類ではありません。

公的な場で人の自殺が肯定される事は100%ないし、その理由は説明するまでもありません。ですが公での発言と個人が隠す本音は別のもの。

これを読んで私に共感を示し、私の言葉が通じる人は少なからず必ずいる筈です。私は今その人たちに向けてこの最後のメッセージを残しています。

私がこの記録を公開した理由は世間に自死を誘引させる為でも、肯定させる為でもありません。今一度生きる事と真剣に向き合って欲しいからです。

私の中では生と死は平等なもの。だから正しい死を得る為には正しい生が必要でした。それは誰とも共有し合えない孤独なものでしたが、私は自分の定めた生き方を貫き特別な瞬間を何度も得てきました。

でも何もやらない内から死だけを望まないで下さい。もっと自身の運命に抗って、その上で自身の運命を受け入れて下さい。今自分が見知っているものがこの世の全てではありません。

叶わない努力ならする意味がない。それは何もしない人間の妄言です。費した時間は全て自分に返ってきます。他人には人が得ているものの本質が分からないだけ。成功や失敗は運と結果に過ぎません。

どうか孤独を恐れずに、自分を肯定する為の人生を突き進んで下さい。その限界の果てに死はあなたを祝福してくれます。私は道の終わりまで歩き切りました。

これで5ヶ月以上の長きに亘ったこの自裁記録をようやく閉じる事が出来ます。いざさらば。

シェアする