ブライアン・ジョーンズ
2014年、始まりましたね。皆さん初詣にはもう出掛けたでしょうか?私は行っていません。
現在の初詣の風習は明治以降の鉄道会社のPRで根付いたもので。バレンタインやクリスマス同様商売絡みで普及したイベントです。といっても年籠りや氏神への参拝など初詣のモデルとなった行事は昔からあったようです。
取り敢えず大きな寺社へ出掛け、祭神の名前も由来もろくに知らない神様に正月早々手前勝手な願い事を聞いてもらう。そんな風習になったのが今の初詣です。もし神が人の観念であるのなら、現在の神は人の願いを聞く奴隷のようなものでしょう。
さて、話は変わりますが去年の一時期、古いブルースばかり聞いてた時期がありました。マディ・ウォーターズやジミー・リード、ロバート・ジョンソン、エルモア・ジェイムス。一通り聞くと今度は初期のストーンズが聞きたくなり、そこで改めてブライアン・ジョーンズの凄さを再認識する訳です。
一般的にブライアンは作曲能力がなかったと過少評価されてるし、ミックもブライアンをコケにした発言をしていますが、それは単に作曲するチャンスを与えられなかっただけでしょう。
マネージャーのアンドリュー・オールダムはストーンズをミックとキースを軸にしたクリエイティブなバンドに路線変更しようとしていたし、当のミックやキースも何かを掴むまではクズみたいな曲を大量に書いていた筈です。
ブライアンはその構想から外され、徐々にバンド内で居場所を失っていきますが、それでもブライアンのアレンジ力はストーンズ随一でした。
初期の名曲 Paint It Black, Mother’s Little Helper, Lady Jane, Under My Thumb, Out Of Time, Ruby Tuesday, そしてNo Expectations これらの曲にブライアンの演奏がなければどれも極めて平凡な曲になっていた筈です。
曲を作ったのはミックやキースだとしても、曲に色を付け、魂を吹き込んだのは紛れも無くブライアンのセンスと多様性。それらの曲が纏う独特の雰囲気は、ブライアン以降のストーンズや他のどのバンドでも聴けない唯一無二のものでした。
Paint It Blackは元々オルガンの曲で、どうやっても上手くいかずボツ寸前だった所、ブライアンがシタールで今の形に変えた途端に曲が生まれ変わったそうです。
コードとメロディーだけのNo Expectationsにあの美しいスライドギターを加え、たまらなく切なく気だるい雰囲気を纏わせたのもブライアンの功績です。
ブライアン・ジョーンズといえばローリング・ストーンズの創設者であり初代リーダー。
ブルース・ハープとスライドギターの名手で、多彩な楽器を操り、高い知能とカリスマ性、ファッションセンスを備えた華やかな男というイメージです。
しかし次第に孤立して居場所を失い、ドラッグで身を滅ぼす神経症の自己破滅者になっていく。そんな二面的なイメージも同時に付き纏っています。
でも表現の世界に身を置く人間に高い人格など求めてはいけません。普通の人間とは違う場所に精神を置き、基本的に性格が破錠した連中や、それを模倣して露悪的に振る舞うバカばかりの世界です。
自分と他人に日常的に不幸を撒き散らし、女を奪い合い、ドラッグを貪るモラルレスな悪魔のような連中が海外のロックミュージシャンのテンプレートです。
けどそんなクズみたいな人間が創る音楽がなぜか人の心を打つ。結果的に自分の人生を切り売りしてまで音楽に還元していたからなのでしょう。
これまで色んなロックスターの人生が映画化されてきましたが、まあどれを見ても清々しい程のクズっぷり。裸の王様に群がるイエスマンの取り巻きとグルーピー達。
大金と酒と女とドラッグで身を滅ぼしていくという絵に描いたような成功と堕落と破滅の物語。けどそんな彼らも自身の音楽のルーツに対しては常に敬意を払っていました。とても大切な事です。
誰より知能が高く、感覚が鋭いが故に苦悩を抱え、誰よりも挑発的で、自己本位で、マキャベリストだったブライアンの心には、結果誰よりもほろ苦いブルーズが備わり、それを音楽に還元し、望むものを手に入れていたのだと思います。