オールドNeveの音

Neve1073。音楽エンジニアなら誰もが知ってるマイクプリ/EQモジュールの名機です。製作者はルパート・ニーブ。製造期間は1970年代の凡そ6年間。ルパート・ニーヴ氏が設立したNeve社はその後売却や合併を経て、AMS Neve社として現在もレコーディング機器を製造しています。

この6年ほどの間しか作られなかったNeve1073がなぜこれほどまでに人気なのか。それはこれを通す事で得られる音の太さとシルキーな倍音に魅せられるから。その絶妙な歪みの質感は他の機器では得られず、それを再現しようと今日まで様々なレプリカが発売されている所以です。

その中でも特にオールドNeveに近いと定評があるのがAURORA AUDIO社の製品。創始者のジェフ・タンナー氏はルパート・ニーヴ氏と共にオリジナル1073の設計に携わった人。Neveサウンドは回路以上にトランスが重要視されていますが、当時のマリンエア製のトランスや、セントアイヴス製のトランスはとっくに生産終了となって今では高値で取り引きされており、ジェフ氏は新たに設計したトランスを当時のマリンエアの社員に作らせ、パーツを厳選しているようです。

私がマイクプリを買う時に様々な比較音源を聴き、良いと思ったのがこのAURORA AUDIOのマイクプリ。そしてもう一つがRupert Neve DesignsのShelfordでした。Rupert Neve Designs社はルパート・ニーヴ氏が2005年に新たに設立したメーカーで、現行販売しているマイクプリはオールドNeveの再現ではなく、あくまで現代的なサウンドを追求したものです。トランスもルパート氏が監修したカスタム・トランス。音は最高だけど値段が高い。なのでShelfordと同じカスタムトランスが出力に使われている5211を3月に買いました(5211の入力はトランスレス)。SilkのサチュレーションがShelfordのように中低域にでなく、中高域に効く以外はかなり良かったです。通すと通さないとでは音楽の出来上がりが変わります。

10年前に初めてプラグインを使った当初はこれでもう高い実機など必要ないと思っていましたが、やってる内にやはり音質の向上に実機は欠かせない事が分かり、今は実機とプラグインをどう併用するかが重要だと考えています。マイクプリにしろコンプにしろEQにしろ、各機器には本来の使用目的以外にそれを通すだけで得られる特性があり、それをエミュレートしたプラグインと一つ一つの音はごく僅かな差でも、音が混ざって音楽になった時、絶対に届かない領域に変わります。アナログとデジタルの違いも然りです。5211を使うようになってからその領域には入れたものの、入った事でまた別のものが見えてくる。それで今回購入したのがAURORA AUDIOの1chマイクプリGTP1と、Black Lion AudioのコンプレッサーBlueyです。

5211の下がAURORA AUDIOのGTP1
dbx 160Xの上がBlack Lion AudioのBluey

本当はBlueyだけを買うつもりでした。AURORA AUDIO社はコロナ禍の余波で長らく生産稼働停止状態が続いており、どこにも在庫がないからです。3月に5211を買った時も同様でした。しかし奇跡的にGTP1だけ販売している所を見つけてしまいました。おそらくこれが新品で売られている国内最後の在庫です。厳選したパーツを使っているのでパーツが確保出来ない内は生産再開もままならず、状況次第ではこの先パーツの変更もあるかも知れません。そうなれば音質は変わるし、それ以前にこのままでは会社の存続さえどうなのかという状態です。中古価格も跳ね上がっています。今を逃せばオールドNeveのサウンドはもう手に入らないかも知れない。そう考えると人間なんて弱いものです。円安の影響で定価は以前より上がっていましたが気づけば買っていました。貧乏性なのか、それとも『本当に必要なのか?』と冷めた自分の心を感じたからなのか、よく説明のつかない罪悪感のようなものがあったものの、買って良かったです。

今回の『逆説の世界』のレコーディングから使用していますが、GTP1を通したら音を混ぜた時に埋もれず、混ざりも自然になります。自分が聴いてきた音楽と似た音の混ざり方になりました。5211は2chなのでこれらを使い分ける事で幅が広がります。コンプも実機だと感覚的な音作りがしやすいです。音楽制作は沼です。

Masaki Aio

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